大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(く)66号 決定

少年 B・K(昭四一・三・一二生)

主文

原決定を取り消す。

本件を東京家庭裁判所八王子支部に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○○○、同○△○○連名作成名義の抗告申立書及び同補充書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、本件非行は何ら前科前歴のない少年によつて敢行されたものであり、その最大原因は、社会に対する不適応感、挫折感にあり、未だ家族の協力と本人の努力によつて克服できる程度のものであつて、現に家族は本件を機に少年の更生に資するため転居を実行し、別居していた姉二人は同居することになり、母親も終日勤務を半日勤務に変更して少年の指導監督に当る態勢を整え、父親の従弟の勤務先に少年の就職先を用意し、少年もこれに応えて反省を深めるとともに更生への意欲を強くしているので、これらの諸事情に照らせば、原裁判所の中等少年院送致決定は著しく不当な処分である、というものである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、少年がAらと共謀のうえ、昭和五七年一月一六日から同年二月二日までの間に、東京都内など一三か所において、前後一三回にわたり、乗用自動車合計一三台(時価合計約一、四二〇万円相当)及びその車内在中の現金三一、五〇〇円、同ゴルフセット等物品合計一一六点(時価合計約五六五、三〇〇円相当)を窃取した、という事案である。

少年は、犯行当時家出中であつたため、友人宅を泊り歩き、これが不可能となるや、自動車を窃取してその中に寝泊りし、あるいは窃取した自動車をもつて遊びの用に供していたものであつて、その動機に酌量すべきところは乏しく、また本件非行の被害は多額であり、これに少年が中学三年ころから不良交友に走り、最近では、共犯者らとの徒遊生活の結果、原判示のように、「規則的な生活習慣、勤労意欲を殆んど失なつて」いたことなどを考え併せると、原決定が、「本件非行内容が重大、悪質であ」り、その「規範意識も最近急速に低下してきていること等に鑑みると、少年の非行性は在宅保護の措置をもつてしてはとうてい取り除くことができない」と認めたことは、一応うなずけないわけではない。

しかしながら、本件非行は、三回の軽微な補導歴(昭和五六年七月乱暴、喧嘩、同年一〇月深夜徘徊二回)を有するのみで他に非行歴の全くない少年が、約二週間という短期間に集中的に行なつているものであり、しかもその共犯者はいずれも一四歳ないし一六歳の少年であつて、その中で本少年は運転ができないこともあり、専ら共犯者において運転を担当して各犯行に及んでいたものである。しかも、その非行を重ねた理由は、前記のとおり遊興ないし寝泊りのためであり、さらには運転していた共犯者が運転未熟で車輪を溝に落したとか、あるいはエンジンが停つたり、ヒーターが利かないからという、単純な理由で、窃取した車を道路端などに放置し、手近にあつた車を新に窃取した結果でもあるのであつて、窃取車両を売却したり、その車を利用して別の犯行を企てるといつた類のものではない。また、その被害車両はすべて間もなく発見、還付され、実質的被害は殆んど回復していることが明らかである。

以上の諸点に照らして考えると、必ずしも原決定のように「本件非行内容が重大、悪質」とばかりも言い得ないうえ、少年の非行性が、いわば「在宅保護の措置をもつてしてはとうてい取り除くことができない」ほど極めて根深いものであるかには疑問を持たざるを得ない。

そこで、さらに少年の生活歴、非行歴について検討すると、少年は、父親の数度にわたる転職や転居にあいながらも、中学校二年時までは格別の問題は起さず、学業成績は振わなかつたものの(IQ81)、体育では陸上競技で一位となつて受賞したこともあり、出席も良好であつた。しかし、中学二年から三年時には、勉学の意欲を殆んど失い、今回の共犯者であるBらと不良交友に走りがちとなり、怠学も増え、強い者への追従的行動が目立つようになつた。昭和五六年三月の中学卒業時には、父親の強い要求により高校を三校受験したが、いずれも不合格となり、最後に○○高校定時制に入学した。入学後、少年は、昼間は工員として働き、暫らくは学校も欠席せず、体育、美術、実習等の科目については普通の評価を得ていたものの、結局勉学への興味を失い、一学期で同高校を退学した。そのころから前記Bらとの交友が復活し、夜遊びが続き、間もなく会社も退職し、親の許可を得て同年一〇月にアパートを借りて家族と別居し、新しい仕事に一か月半ほど就いたものの、これもまた長続きせず、加えて右アパートがAら不良グループの溜り場となつたため、同年一二月二〇日に同アパートを家主から追い立てられ、友人宅を泊り歩き、結局、本件非行に至つたものであることが認められる。

その家庭を見ると、父親は元来農業兼大工であつたところ、少年が六歳のころ親戚の食料品店を手伝うようになつてから仕事が安定せず、少年の高校中退のころ、ようやく現在の大工職に落ち着いたものである。その性格は几帳面で躾は厳しいが、子煩悩でもある。母親は温和、真面目で、忍耐強く、夫との折り合いも良く、二人の姉(事務員、店員)及び兄(自衛隊員)とも堅実であり、問題はない。

なお鑑別結果によれば、少年は、主体性、積極性に乏しく、付和雷同的であり、目先の快刺激を求めて友人に同調し、自己の要求充足を優先させるため社会規範に対する認識に乏しく、規範意識は養われていない、とされている。

そうすると、少年の非行性は、主として中学後半の勉学への不適応にその源を見出し得るものの、その性格、家族生活ともさほど深刻な問題性を現わさなかつたところ、高校中退後、Aら既に非行歴、処分歴(C、Dは保護観察、Eは不処分、A、Fは審判不開始)を有する友人らとの交友が広まり、その後アパートを追い出され、無軌道な生活に入るにつれて、同人らに追従し、その非行性が急速に深まりを見せたものと解することができる。従つて、少年の非行性は、これが未だ容易に除去できないほどに極めて根深いものとは考えられず、これに対し直ちに通常の少年院送致処分のみが適当であるとは認め難い。かえつて、少年の非行性が右のとおりであれば、本来その処遇は、周囲の者において少年に過度の期待を抱くことをやめ、その性格、能力に応じた、安定した職場を整え、暫らく右友人らを遠ざけた環境の中で、少年自ら更生への努力をさせて、その主体性、積極性を養い、非行性の除去をはかるのが望ましい。

ところで、当審における事実取調べの結果によれば、少年の家族は、本件非行を機に、少年に対する指導監督の甘さを悔い、特に父親は従来少年に対し過剰な要求をしてきたことを反省し、昭和五七年三月三一日に三間だけの前住居を引き払つて肩書住居地に転居し、姉二人も同居して、半日勤務に変えた母親と共に少年を指導監督する態勢を整え、加えて、両親は、本件被害者に対する弁償に努めるとともに、少年の少年院入所後一か月ほどの間に四回にわたつて少年と面会し、少年の更生への決意を汲み取り、その就職先を他に依頼して用意すべく努力していることが認められる。

そうであれば、少年の更生にとつて、前記したとおりの適当な環境が整えられたというべきであり、従つて、現段階においては、少年の更生は、ひとまず少年自身及びその家族の努力に任せることを第一とし、併せてその規範意識の涵養を図る措置を講ずることの当否について再検討の要があるものと考えられ、調査審判の結果、なお施設に収容せざるを得ないとしても、本件は、前記諸事情に照らせば、執行機関に対して短期処遇相当の意見を付す必要がないか否かを十分考慮すべき事案であると言うべきである。

従つて、いずれにせよ原裁判所のした中等少年院送致決定は、これをそのまま維持するのは相当でなく、原決定は、その処分に著しい不当があると認められる。論旨は理由がある。

よつて、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により原決定を取り消し、本件を原裁判所である東京家庭裁判所八王子支部に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 須藤繁)

〔参考一〕 原審(東京家八王子支 昭五七(少)六二九号 昭五七・三・五決定)〈省略〉

〔参考二〕 少年調査票〈省略〉

〔参考三〕 鑑別結果通知書〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例